事例3:VW排ガス不正と東芝不正会計の類似性

10年程前にドイツを代表する自動車メーカーフォルクスワーゲン(VW)と日本を代表する総合電機メーカー東芝の不祥事が世界に大きな衝撃を与えました。

 実はこの2つの不祥事の発生の根源は同じです。本稿ではこの2つの不祥事の類似性を考えてみます。

 一般的に「人が企業不正に手を染める」のには、以下の2つの形態があります。

Ⅰ型 個人が直接的に金銭的価値のある会社財産を盗む不正行為⇒横領・着服

Ⅱ型 不正な手段を用いることによって直接的には会社に利益をもたらし、間接的に待遇・処遇(報酬、昇進、賞賛、地位・権力の維持など)という形で個人が利得を得る不正行為⇒次の2種類

①商品・製品の品質偽装:VW排ガス不正、東洋ゴム免震偽装、有名ホテルの食材偽装など

②財務数値の粉飾:東芝、オリンパス、カネボウなどの会計不正

VW問題及び東芝問題ともⅡ型の企業不正です。このⅡ型の企業不正の根本的な原因は、「競争の負の側面」を制御できなかったことにあります。競争の負の側面とは「不適切な競争に陥ってしまう危険性」のことであり、具体的には過度な競争ゆがんだ競争を指します。この競争の負の側面は形式的なガバナンスやコンプライアンス、手続き重視の内部統制では防止できません。これからこのことを説明していきます。

Ⅱ型企業不正の根底にあるのは、企業の行動原理です。企業が市場競争に勝つためには、組織の構成員が市場競争を意識できなければなりません。企業間の市場競争と言っても実際に競争に参加するのは「人」だからです。

ところが、人は実際の競争相手である他企業を直接意識することはできません。自分(部門、チーム、個人など)が相手企業にどれだけ勝っているのか、どれだけ負けているのかを常に数字で正確に把握することは現実的に不可能だからです。

そこで企業は、市場競争を組織の人に直接的に意識させるために社内に競争環境を作り出します。そして社内競争の指標(具体的には利益額、利益率など)を予算や目標として設定しそれを競わせます。その指標によって部門、チーム、個人を比較し、評価に差をつけるのです。これは社内競争で良い結果を残した者、すなわち、会社に多くの利益をもたらした者が優遇(報酬給与、昇進、賞賛など)されることを意味します。この仕組みによって社員の働く意欲、やる気、努力、創意工夫などを継続的に引き出すことが出来るのです。

こういった仕組みは市場に競合相手の存在する企業(独占企業でない)であれば、必ずと言ってよいほど採用している仕組みであり、優良企業であればあるほど熾烈な社内競争が繰り広げられています。現代の企業マネジメントでは「競争」が最も効率的、効果的に人の働く意欲、やる気、努力、創意工夫を継続的に喚起すると考えられています。

しかし、この競争には負の側面があります。それは、経営者から従業員まで例外なく、何としてでも社内競争に勝ちたいという欲求が常につきまとうのです。そしてこの欲求につけ込み、不正行為へと誘引するのが下記「粉飾(品質偽装)の不正トラップ(罠)」です。

[粉飾(品質偽装)の不正トラップ]

不正が起こる3つの状況経営者従業員
①粉飾・品質偽装を行える機会を熟知しているガバナンスや内部統制を無効にして無視できる術(すべ)を熟知している。粉飾を可能にする会計の仕組みを熟知し、会計記録とエビデンスを自由に操作できる。 商品・製品の品質を偽装しても外部に悟られない方法・技術を熟知している。
②信頼(期待)を丸投げされている状態長年、経営者に対する社内の信頼が圧倒的で、経営者の指示には決して逆らえないという風土があり、実質的な権限が集中している。社内の誰からもチェックされない状況にある。経営者や上司から信頼されているという自信があり、その信頼には手段を問わず何としてでも応えなければならないと考えている。
③自分の行為を正当化できるあくまでも会社を守るため、市場競争に勝ち残るためであり、自分の懐を増やすわけではない、と言い訳して良心の呵責を乗り越える。万一、不正が発覚しても、「会社の方針に従っただけ」とか「会社を守るためにはやむを得ない」などと考えて良心の呵責を乗り越える。

この不正トラップに陥ると、粉飾や品質偽装などに手を染め、社内競争は不適切な競争に陥ります。不適切な競争には次の2つの種類があります。

①過度な競争・・・不正な手段を使ってでも実際の利益を上げる⇒商品・製品の品質偽装、押し込み販売、誇大広告販売など

②ゆがんだ競争・・実際には利益がないのに、数字を操作して見せかけの利益を上げる⇒財務諸表の粉飾、部門利益の操作、不当な会計手法の採用など

①がVW排ガス不正に該当し、②が東芝の会計不正に該当します。こういった企業不正の防止策は、一般的にはガバナンス、コンプライアンス、内部統制と呼ばれています。これらの防止策は、形式だけを整えるのは比較的容易です。しかし一方で、実効性ある仕組みにするのは非常に難しく、企業ごとの実態には大きな差があるのです。世界の優良企業であっても、長年に亘り試行錯誤を繰り返しています。ドイツを代表する優良企業でさえ、このⅡ型の企業不正を抑えこむことが出来なかったことは、現実を如実に表しています。

重要なことはⅡ型の企業不正は経営者から従業員まですべての階層で起こりうるということです。経営者はこのことを十分に理解した上で、自らを律する仕組みを構築しなければなりません。また、不正防止だけでなく、起こってしまった不正をあぶり出す仕組みも必要となります。どんなに立派なガバナンスやコンプライアンス、内部統制を構築しても不正は必ず起こります。起きてしまった不正を早期に発見することが極めて重要なのです。大きな事態に発展しないうちに、そして企業存続の危機に陥らない前に発見しなければなりません。そのためには、企業活動における人の行動・行為レベルにまで目を向け、常に相互監視を効かせて情報をあぶり出す仕組みが必要なのです。

もう一度、Ⅰ型とⅡ型の企業不正を整理してみましょう。Ⅰ型は個人型であり、従業員個人によるものがほとんどです。Ⅱ型はグループ型であり、関与者が複数人存在し従業員だけでなく経営者の関与が多いのも際立った特徴です。Ⅰ型には手続中心の内部統制が有効ですが、Ⅱ型では内部統制の有効性は大きく低下します。それは皆(多数人グループ、会社ぐるみなど)で内部統制、ガバナンス、コンプライアンスを「無視」するからです。そして皆でやるからこそ、無視が可能になるのです。まさに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ということが起こってしまうのです。

また、内部通報制度もⅡ型の企業不正に対しては機能しない危険性が高まります。例えば会社ぐるみで粉飾や品質偽装を行っている場合、社員が経営陣も知っている事実を会社の内部通報制度を使って通報したらどうなるでしょうか?無駄な行動であることは明白であり、それだけでなく、会社から不利な取扱いを受ける危険性もあります。不正に関与している者、もしくはそれを知っている者は次のような意識を抱きがちです。

「品質偽装や粉飾(Ⅱ型の企業不正)は会社のための行為(間接的には自分にも利益がある)であり、自分が暴露すれば会社を危機に陥れるかもしれない。そうすると自分の食い扶持も危うい。そうならない場合でも、会社を裏切ったとして、降格や左遷、退職勧告などの嫌がらせをうけるかもしれない」

一旦こういった意識を持ってしまうと、どんなに高潔な人でも内部通報しようという気が起こりません。Ⅱ型の企業不正の発見・発覚が難しい理由はここにあるのです。

しかし、Ⅱ型の企業不正を有効に防止する方法は存在します。Ⅱ型の企業不正を熟知している世界の優良企業はこの課題を克服するために様々な施策を講じています。それはマネジメント全体に組み込まれ、一見するとそれが不正対策だとは気が付かない仕組みです。私はその中心的な概念を「不正防止の3本柱」と呼んでいます(不正防止策の重点3で概要を取り上げました)。3本柱とは①「企業理念アプローチ」②「競争環境アプローチ」③「見られる化アプローチ」です。この3本柱がお互いにリンクしながら支え合い、しっかりと社内に根付いているのです。

Ⅱ型の企業不正を防止するためには、「粉飾(品質偽装)の不正トラップ」に陥らない仕組みが必要であり、それは「不正防止の3本柱」を構築することで可能になります。

あなたの会社には、経営者でさえ手を染めてしまい、会社を危機に陥れるほどの危険性を持つ「Ⅱ型の企業不正(品質偽装・粉飾)」を、有効に防止できる仕組みがありますか?

(なお、本稿に記載した内容はあくまでも私見であり、一般的な見解と異なる可能性があることをご了承ください)